xyz's profile◆あなたに会いたい◆PhotosBlogListsMore ![]() | Help |
|
1/29/2007 一番好きな言葉人間万事塞翁が馬 (塞翁が馬)
〔意味〕
たとえ不幸な出来事があっても、それがあったからこそ次の幸運につながっている。
なにが幸運でなにが不幸かはわからない。
人間の幸運や禍いは変転し定まりないものだというたとえ。
〔補説〕
昔、塞翁という老人の馬が隣国に逃げてしまった。
しかし、その逃げた馬が名馬を連れて帰ってきたという幸運が訪れた。
老人の子がその馬に乗っていて落馬し足を折ってしまったが、
そのおかげで隣国との戦乱の際にも兵役をまぬがれて無事であったという話から。
「淮南子(人間訓)」
1/28/2007 日本は必ず発展する聞いた話です。
終戦直後、焼け野原になった東京に米国の占領軍が駐在した時、有楽町駅の高架下で、
日系のジョージ・アリヨシ氏(後のハワイ州知事)が7才の靴磨きの少年と出会いました。
アリヨシ氏は「さぞ、お腹がすいていることであろう」とこっぺパンを靴磨きの子供に渡しました。
すると男の子は「ありがとうございます。」と受け取り、その場では食べずに、袋にパンを入れたそうです。
どうしてすぐに食べないのかと思って訊いたところ、
少年は「四歳になる妹がいるので、妹に食べさせたい」と答えました。
アリヨシ氏はその時、
「わずか7才の幼い男の子が、自分の空腹を我慢して、幼い妹に食べさせたいなどという民族が、
この世界のどこにいるだろうか。
人を思いやる心が日本にある限り、必ず日本は復興する、発展する。」
そう確信したそうです。
1/27/2007 有言実行額に汗して働く人、
リストラされ働けない人、
違反すればもうかると分かっていても法律を遵守している企業の人たちが、
憤慨するような事案を万難を排しても摘発したい。
大鶴基成 東京地検特捜部長
平成17年4月の就任記者会見での言葉
1/25/2007 石野見幸さんの言葉「お母さん、生んでくれてありがとう!
今日ほど生んでくれたことに感謝したことないわ!」
胃ガンで余命1ヶ月と宣告されても精一杯ポジティブに歌い続けるジャズシンガー、
石野見幸さんがライブの帰りのタクシーの中で、
お母さんに言ってた言葉
12月8日放送・TBS「ピンポン」より
1/22/2007 ある いじめられっ子のストーリー(2006年3月5日読売新聞より引用)
猛勉強の末に名古屋大学理学部に合格した宮本延春(まさはる)さん(37)。
小学生時代、気が弱く、体も小さかった宮本さんは、格好のいじめの標的だった。
筆箱や上履きが隠されるのは日常茶飯事。
休み時間に後ろからけられることや、足に画びょうを刺されることもあった。
中学に進み、最初にもらった通知表はオール1。 「九九」も言えなかった。
「やっぱり、おれはバカなんだ」と自分を見放した。
そして、中学卒業後は大工をしていたが、
ビデオで見たアインシュタインの理論に衝撃を受け、小学生の勉強からやり直した。
大のオトナが九九の勉強もした。
自宅に近い定時制の高校に入学したのは24歳の春。
物理学科のある名古屋大に志望を定めた。
毎朝5時に起床し、出勤時間まで勉強。
帰宅後も午前0時まで机に向かった。
高校3年の3学期。名古屋大の理学部を受験し、ついに合格。
1996年4月、27歳で名古屋大に入学した。
現在、本格的に教壇に立つようになって1年。
宮本さんは、「子どもたちが目標を見つける手助けをしてやりたい」と話す。
1/20/2007 『命』命はとても大切だ
人間が生きていくための電池みたいだ
でも電池はいつか切れる
命もいつかはなくなる
電池はすぐにとりかえられるけど
命はそう簡単にはとりかえられない
何年も何年も
月日がたってやっと
神様からあたえられるものだ
命がないと人間は生きられない
でも 「命なんかいらない。」 と言って
命をむだにする人もいる
まだたくさん命がつかえるのに
そんな人を見ると悲しくなる
命は休むことなく働いているのに
だから 私は命が疲れたと言うまで
せいいっぱい生きよう
この『命』という詩の作者、宮越由貴奈ちゃんは、
5歳のときに発症した神経芽細胞腫と5年半にも及ぶ闘病生活の末、
11歳という短い生涯を終えた少女。
この詩は由貴奈ちゃんが亡くなる数ヶ月前に書かれたとのこと。
『電池が切れるまで』で2004年にドラマ化。
1/16/2007 受け難き人身を得て人間に生まれるためには大変な手続きが必要なんですよ。
だから安易に、「次、生まれ変わった時・・・」なんて言えないんですよ。
人はいくつもの条件をクリアしてこの世に生まれてくる。
たくさんの中から選ばれ、魂を磨く「修行のチャンス」を与えられる。
「人」に生まれてきただけで有難い。
受け難き人身を得て
オーラの泉・2006/07/05
(千代大海関へ 美輪明宏さんの言葉)
|
|
|